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コラム「蘇」のルーツ

シルクロードを渡って…

「蘇」とは古代日本で作られていた乳製品の一種。日本で最初に作られたチーズです。


 文武天皇(在位期間:六九七-七〇七年)の時代に蘇が作られた最初の記録があります。典薬寮の乳牛院という機関が生産を担っており、薬や神饌としても使われていました。

中央アジア パオ イメージ シルクロード イメージ

 シルクロードを通じて中央アジアからもたらされた牛乳は飲用するというより薬餌として使われていたようです。当時飛鳥には多くの異国人が住んでおり、彼等がその加工法も伝えたのでしょう。
蘇の作り方は諸説ありますが、牛乳を煮詰めて固めたものといわれています。焦げないよう牛乳を何時間もかけて煮詰める作業は大変手間がかかり、わずかな量しかできないため、限られた人々しか口にできませんでした。

高松塚古墳壁画 イメージ

 貴族や高級官人など、「日本書紀」の主人公が賓客を迎える夕べの宴を色どり、貴婦人の美容の滋味でもありました。高貴な人々が病に臥すと、薬草とともに蘇の効力にも頼りました。かの藤原道長も51歳で大病を患った時に、蘇と蜜を合わせたとされる「蘇蜜煎」を服用しています。
つまり蘇は超高級食料であり、同時に美容と不老長寿も期待されていました。庶民にとっては夢のまた夢の食物でありました。

「蘇」ができるまで


 「蘇」というのはもともとインドの仏典の中のたとえ話として「牛乳は酪→生酥(しょうそ)→熟酥(じゅくそ)→醍醐と変化する」というくだりの「酥(そ)」から来ています。シルクロードを渡って日本に入ってきた時点で「酥」ではなく「蘇」と呼ばれるようになったようです。作り方もインドのそれとは異なります。

奈良県の酪農業者イメージ 蘇製作過程イメージ

 残念ながら日本における蘇の作り方を詳しく記述した文献は見つかっていません。しかし、いくつかの手がかりとなる文献や資料から一九八七年に奈良国立文化財研究所の飛鳥資料館で再現したのがきっかけで、奈良県の酪農業者が製造販売を始めました。

高松塚古墳壁画 イメージ

 作り方は全乳の牛乳を加熱しながら練って、どんどん煮詰めていくというもの。30リットルの牛乳を約7時間煮詰めて約4キロの蘇ができます。最初は真っ白だった牛乳も数時間加熱するとだんだん薄く茶色に色づき、煮詰まった頃には濃いキャラメル色になりねばねばとしています。そのねばねばした状態のものを木箱に流し込み冷蔵庫で冷やし固めて完成です。味はほんのりと甘く、そしてこうばしい。歯触りはしっとりとしたケーキかクッキーのような感じで、素朴なお菓子の様です。

 橿原銘菓 蘇やねん橿原は奈良県橿原市の西井牧場様の「飛鳥の蘇」を風味付けに使用しております。

橿原銘菓_蘇やねん橿原